時論自論

かみなりがゴロゴロ鳴ると押入れの中で泣いていた子が大人になった日記

人魂

私は霊的なもの(幽霊、怨霊、キツネツキ、心霊写真など)は一切信じておりません。



が、昨日の夕方6時過ぎ、仕事を頼まれているご近所の家まで歩いて書類を届けに行ったところ、2階の屋根よりも高いところに、オレンジ色というか、桃色というか、なんとも表現できない色をした光がユラユラと南から北へ移動したのを見てしまいました。



時間にして1秒くらいだったと思います。



直線的な軌道ではなくユラユラとした軌道でした。



閃光ではなく、ぽわっとした光がユラユラと動いた感じでした。



流星群のときに夜空を眺めていると、流れ星の中にも複雑な動きをするものがあることがわかります。



ですので、(あれは火球だったのかな?)(そうに違いない!)と思っていますが、もし「あれは人魂です」と言われたら、そう信じてしまいそうなほど、オレンジ色っぽい光のユラユラとした軌跡でした。



その時間に火球を目撃したという人はいないか?ネットで検索してみましたが、今のところ、そういう情報が上がっていないようです。



もしかしたら、見てはいけないものを見てしまったのではないか?と、とても気になります。
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年金特別便

これまで何度も年金事務所からハガキや封書が送られて来ていましたが、(どうせ逃げ水のようにどんどん先送りされて受け取らないうちに死んじゃうんでしょ!?)と思っているので、一度も開封したことがありませんでした。



先日、初めて開封してみました。



現時点では、国民年金だけでは「年額35万円」くらいにしかならないそうです。



あと17年払い続けて、仮に2倍になったとしても「年額70万円」にしかなりません。



これでは「老後の生活」なんて考えられるはずもなく、年金という制度は破綻していて、「もし、自分が身体障害者になったら・・・・」というときのための保険でしかない、ということが分ります。



厚生年金の受給者でさえ、年金だけじゃ暮らしていけないので70まで働く人が増えています。



もちろん、国民年金以外にも私なりに自衛手段を講じてはいますが、「年額70万円」という国民年金制度は、誰が見ても、年金として意味を為していないことは明らかです。



もう年金制度は廃止して、ベーシックインカムに移行する時期に来ているのではないでしょうか。



一人暮らしであれば月額15万円、二人暮らしであれば月額20万円、といったように、現役時代の収入の多寡とは関係なく、支給するのです。



厚生年金も共済年金も廃止です。



この国で人が生きていくのに必要な費用は、そんなに変わるものではありませんから。



現時点で、生活保護の支給額は国民年金の2倍くらいの金額になっていますので、これが逆にならないかぎり、働いて年金の保険料を支払うのはバカバカしいことでしかありません。



仕事は増えないどころか減少していますので、連動して収入も減少しています。



そんな中で「みなさん、どんどんお金を使いましょう!」と言われても「NO!」としか言えないのは至極当然のことです。



ならば、老後の生活は国がベーシックインカムによって保証しますので、現役のみなさんは、どんどんお金を使ってください、にした方がお金は循環するのではないでしょうか。



今の年金制度では、常にみみっちく生きていくしか術はないのです。



お金がなくなって生きるのに困ったら、みんなで東京に押しかけましょう。



生活保護は国が半分、地方自治体が半分を負担することになっています。



東京には高級取りがたくさんいて、税収もたくさんあるみたいですから、お金のない自治体に金を出させるよりも、お金持ちの自治体にお金を出させる方がいいはずです。


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士業の広告

私がこの仕事を始めた頃、まだ士業には広告規制がありましたが、これが自由化されてから、過払いバブルの影響もあって、特に弁護士、司法書士の広告を見聞きすることが非常に多くなりました。



何年か前に東京へ行ったとき、地下鉄の中、駅のホームの壁など、弁護士、司法書士の過払い金の広告だらけという光景を目にして愕然としました。



もちろん、士業とはいえビジネスですので、仕事をして利益をあげる必要があることは当然ですが、それでも心のどこかに(大々的に広告をしてまでする仕事だろうか?)という思いもあります。



私の事務所でも過払い事件は何件やったのか、見当もつかないくらいやりましたが、それでも「過払い事件をやります」と広告したことはありませんし、「もしかしたら、あなたは過払いかもしれませんよ?過払い金で借金を帳消しにできた人がこれだけいます!あなたも是非、過払い金を取り戻しましょう!」なんていう広告に至っては、そんな広告をする人の気が知れない、そう思っています。



はっきり言って、過払い金の広告を出すということは、100%ビジネス=自分の金儲けで、そこには(経済的に困っている人を何とかしてあげられないものだろうか?)という思考は0だと断言します。



もちろん、過払い金を取り戻すことが悪いことだとは言いません。



余分に払わされた利息を取り返すのは当然の権利で、大いに結構なことで、それによって生活や会社の資金繰りが立ち直ることもあるのですから、過払い事件はどんどんやるべきです。



ですが、それを士業が自分の飯のタネにするために広告する、ということに対して、私は羞恥心を覚えます。



もっと言ってしまえば、過払いの広告=被害者救済のお面を被った銭ゲバ、守銭奴という感覚です。



「この競争の激しい時代に、そんなことを言っているから、お前の事務所は仕事がないんだ!」と言われれば、それまでですが、それでも「最低限の矜持」は保っていたいという思いがあります。



私の中では、過払い金というのは、債務整理や自己破産、ヤミ金との対決を繰り返す中で、ポッと出てくる「お宝」のようなもの、という感覚です。



日々の仕事に向き合っていく中でお宝を見つけることはあっても、宝探しそのものが仕事ではないはず、そう思っています。



公認会計士、税理士、土地家屋調査士、行政書士、弁理士、建築士、測量士・・・・士業は他にもいくらでもありますが、これだけ大々的に広告をしているのは、弁護士、司法書士くらいのものです。



裏を返せば、弁護士、司法書士は他の士業と比較して、供給過多の飽和状態にあることを示している、とも言えます。



高崎市内には弁護士が100人以上いて、さらに増殖中というのですから、みんな食べるために広告を出しているのでしょうが、弁護士、司法書士の広告だけが異様に目立つのは間違いのない事実です。
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学校あるある

Facebookを見ていたら「学校あるある」というのが載ってました。



私が思いつく「学校あるある」としては・・・・



・学級会で司会の学級委員から指名されたら「考え中です」で逃げる。

・学級目標はとりあえず「トイレのスリッパをそろえる」で誤魔化す。

・男子トイレには何故か流されていないウ○コがある。

・誰かが「ウ○コがあるぞー!」と叫ぶと野次馬に行く。

・クラス対抗リレーでバトンを落とすとA級戦犯になる。

・フォークダンスは何故か好きな子の手前で曲が終わる。



こんなところでしょうか。



昨日のネットニュースに、X-JAPANのTOSHI(Vocal)が洗脳されて貢いだ金額は15億円なんていう記事がありました。



そんなTOSHIに対して、幼稚園から一緒のYOSHIKI(Drums)は、宗教関係の話しには一切触れることなく、ただただ、幼稚園や小学校の頃の思い出話しをして飲み明かしたとありました。



小さい頃の話しは単純に盛り上がりますし、自分の足元を見つめ直す機会にもなりますので、見かけによらず気遣いの出来る好人物なのかもしれません。
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G-mailに苦戦

パケット代の負担を減らすべくiモード契約を解約して、データ通信専用の格安スマホを買いましたが、G-mailに手を焼いています。



G-mailを使用されたことのある方ならばお分かりと思いますが、今までは携帯の電話帳に相手の名前・電話番号・メールアドレスを登録しておけば、電話がかかってきても、メールが届いても、相手の名前がズバリ表示されましたが、G-mailではそうならず、英数字の組み合わせに過ぎないメールアドレスの方がズバリ表示されますので、誰からなのか?一見して不明です。



これは「そういうもの」なんだそうです。



以前、メールの度に「○○です」から始まる人がいましたが、(あ~そういうことか!)と今になって合点した次第。



しかし、これは不便ですので、何かいい方法はないものか?と調べていくと、みなさん、同じようなことを考えているようでした。



これを解決するには「ラベル」というものを利用するようです。



ラベル・・・・?値札のこと・・・・?



よく分りませんが、その機能を上手く使ってあげると、これまでのように一見して誰からのメールなのかがわかり、英数字の羅列を見て(誰だコリャ?)にならなくて済む・・・・らしい(笑)です。



スマホを使うっていうのは、新しいことを覚えなければならないということでもあるようで、なかなか面倒臭いですね。



G-mailについては、他にも、送られてたメールに「to自分」と表示される点もモヤモヤさせられています。



「to自分」と表示されていると、(あれ?自分で自分にメールを送っちゃったのかな?)という勘違いをしてしまいます。



日本の携帯はガラパゴスだとバカにする人も多いようですが、規格に合わせることをユーザーに求めるのがアメリカ型とすれば、ユーザーの使い勝手を最優先に規格を作るのが日本型と言えるでしょう。



今まで気にしなかったガラケーの便利さを実感しています。



Made in Japan は素晴らしいです。
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赤エビ

我が家の水槽の主だった、赤エビことレッドビーシュリンプのご紹介です。







体長2cmに満たない小さい淡水エビです。



ホームセンターのペットコーナーでは1匹200~300円程度で売られていることが多いようですが、ちゃんとした熱帯魚店で買うと1匹1,000円はします。



しかも、水質にうるさく、水質が合わないと、10匹買って来ても1週間も経たずに全滅なんてこともあります。



その代わり、水質・環境ともにエビが好むようにしてあげることができれば、勝手に増殖しますので、欲しい人に20匹くらいあげるととても喜ばれます。1匹200円とすれば4,000円、1匹1,000円とすれば4万円ですので。



赤い体に白いバンドが入っているエビで、この白いバンドの太さ、赤と白のバランスによって、値段が全然変わってきます。



見る人が見ればすぐに分りますが、興味のない人にとっては「ただのエビ」ですね。



我が家でも一時期は数百匹にまで増殖しましたが、猛暑を乗り越えられず、全滅しました。
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朝型人間・夜型人間

「早起きは三文の徳」という有名な諺があります。



早起きの人は時間の使い方が上手とも言われます。



早起きして学校に行く前・会社に行く前の時間を使って勉強する人もいるようです。



私も高校3年生のときに「試験は午前9時には始まるから朝型に切り換えておけー!」と言われました。



が、結局、今に至っても朝型人間にはなれていません。



夜中の2時、3時まで何かをするということはできるのですが、朝早く起きて何かをするということができないのです。



夏休みのラジオ体操も苦手でした。



バイクに乗るようになると、みんな集合時間が早く、朝の6時半に集合!といったことを平気で言いますので、「寝ないでそのまま行く」こともあったりします。



でも、先の諺の本当の意味は「早起きしたところで三文くらいの得にしかならない」という意味だ、という説もあるそうですので、私はこっちの説を推すことにします。



早起きしても、それからの時間を持て余し、二度寝したくなっちゃいます(笑)。
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いのちの電話 高齢化で相談員不足

自殺防止などを目的に電話で悩み相談に応じている福岡市の社会福祉法人「福岡いのちの電話」(林幹男理事長)が、ボランティア不足により相談に対応しきれない事態に直面している。高齢などを理由に相談員が減少し、ボランティアの多様化で新たな担い手も集まりづらくなっているのが理由だ。10日から自殺予防週間。今年で開設30周年を迎える同法人は「ボランティアを増やして一人でも多く救いたい」と話している。(毎日新聞)



以前、群馬県で「いのちの電話」を担当されている方とお話しをしたことがありますが、本当に報酬0円のボランティアで、24時間対応ゆえ夜勤の日もあるということでした。



人が自ら命を絶つとき、うつ病になっている人が多いと言われますが、一人一人、抱える事情・背景は異なりますし、原因も一つではなく、複雑に絡み合っているのでしょうから、全ての電話に真剣に向き合うのはとても大変なことだということは容易に想像できます。「電話相談は10分まで無料です」なんていう考え方では対応できないことは明らかです。



しかも相談員には、経済的に得になることは一切ないのですから、そこに「お金で買えない価値」を見出せない人は絶対に続かないはずです。



人手不足ということですので、定年退職された学校の先生方にご協力をいただくというのはどうでしょうか?



「我々は機械やミカンを作っているんじゃないんです。人間を作っているんです。」という名言がありました。



あくまでもドラマの中のワンシーンでしたが、それでもやはり「一人一人と真剣に向き合う」ということに関しては、学校の先生の右に出る人はいないと思います。



学校の先生は、何年経っても自分の教え子のことはよく覚えていると聞きます。



元生徒から見ても、当時の先生は、何年経っても先生だと思います。



「定年して教員じゃなくなったからもう先生じゃない」



どちらの立場に立っても、そう考える人は少ないと思います。



学校の先生は転勤が多いので、先生同士のつながりも広いはずです。



場合によっては、当時の担任の先生と連絡が取れるかもしれません。



自分の小さい頃のことを知っている担任の先生の前では、何も隠す必要はありませんし、見栄を張る必要もありません。赤ん坊のときの全裸の写真と似ていて、何も隠す必要もなく、何も恥じる必要もなく、抵抗のしようもなく、あるがままの自分の姿を曝け出すことができる、希少な存在です。



損得の関係がなく、人生経験もあって、いろんな教え子たちの人生も知っていて、上から目線ではなく、不自然なまでに丁寧でもなく、叱るべきところは叱り、励ますべきところは励まし、褒めるべきところは褒める。そして道筋を示す。



そういうことができる人材、社会インフラとして、定年した学校の先生に再登板していただくことは意味のあることのように思えるのですが、どうでしょうか。



もちろん重責を負うことになりますし、気概のない人に無理に当番に入ってもらっても意味がありませんが、少なくとも、中学卒業後の進路が決まらない生徒が1人も出ないように、高校卒業後の進路が決まらない生徒が1人も出ないように、損得なしに生徒と向き合い、ともに頭を悩ませた経験は、この分野では力強い即戦力になるような気がしてなりません。



現場での数々の経験はどんなに本を読んでも体得できるものではありません。
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「ありきたり」

昔から「本を読めー!」と言われてきました。



時間があり余っていた学生の頃には多少読みましたが、もともと本を読むのが好きではないので、仕事をするようになってからはほとんど読書から遠ざかっており、「長い休みをお金を使わずに過ごす方法」として、本を読むくらいになってしまっているのが現状です。



新聞の日曜版を見ていたら新書を紹介するコーナーに目が留まりました。



この本にはこんなことが書いてありますよ、という紹介ですが、その中で「人は結局のところ『ありきたりの呪縛』から逃れられない」というようなことが書いてありました。



確かにそうかもしれません。



学生時代には朝まで飲みながら「サラリーマンになんかなってどうすんだよ?」なんていう尻の青い話しをいていた人も、結局のところ、あらかたサラリーマンになっています。



結婚して、子どもが生まれて、家を建てて、中間管理職になって・・・・そんな「ありきたり」の生活を送っています。



幸か不幸か、サラリーマンを辞めて一匹狼として生きていくことになった私も、やっぱり心の奥底のどこかで「ありきたりな人生」を欲しています。



どうして成功ではなく、ありきたりを欲するのか?



死ぬときに、「自分の人生、人並みで、程々だったから、失敗ではなかったんだろうな」と思いたいから、なのかもしれません。



あれこれ言ったところで、何かを成し遂げられるような人間ではないと気づくからかもしれません。



人生、調子の良いときばかりではありませんので、最終的に6:4くらいで良いことが上回れば、それで良しとすべきなのかもしれません。



これまでの私の人生を振り返ってみると、負けの方が圧倒的に多いので、ここから何とかして五分五分くらいにまでは持ち込みたいところです。
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診断書

交通事故にあったり、病気で仕事を休むことになったり、診断書を必要とすることがあります。



中を見ると、だいたい数行の走り書き程度ですが、5000円以上するようです。



カルテを見て書いたであろう、数行の文章で5000円もするのですから、とてもありがたい書類のはずです。



いつだったか、三宅雪子さんという国会議員がいて、採決のドタバタの際に転んでヒザを痛めたと言って松葉杖をついていたことがありましたが、ご存知の方も多いと思います。



確かあのとき、三宅さんは病院に入院したはずで、「全治3週間の診断書」を取ったと言っていたように記憶しています。



しかし、松葉杖をついて現れた日の10日後には、何事もなかったかのようにスタスタと歩いている姿を写真週刊誌に押さえられてしまいました。



たぶん、医者は「これといって異常は見られないが、本人が痛みを訴える以上、異常なしとは書けない。」といったような理由で「全治3週間」の診断書を書いたのだろうと思いますが、こういう本人の自己申告に基づく診断書というのは、もう止めにした方がいいのではないでしょうか。



何も知らない人が聞いたら、「全治3週間?そりゃ大変だ!」と思わないとも限りません。



よく出てくる診断書は「全治2週間」ですが、全治2週間=なんでもない、と解釈して良さそうです。



ステロイドという薬があります。



この薬を飲むと、とても元気になりますが、副作用が強く、薬のプロである薬剤師さんから「ステロイドほど副作用の多い薬はない。副作用を挙げなさいと言われても、ありすぎて困る。」と聞きました。



精神科の世界に、「ステロイドうつ」という言葉がありますが、ステロイドは特に精神面への影響が大きいと言われ、実際にステロイドを服用している人のブログを読むと、ほぼ精神面での不調を訴えています。



まともな医者であれば、「毎日不安で不安でたまりません。死にたくて仕方ありません。」と訴えられても、その人がステロイドを飲んでいると知れば、真っ先に「ステロイドうつ」を疑うはずですが、そういうことを調べもしないで、「家庭内ストレスによる適応障害」と書かれた診断書を見たことがあります。



メンタルクリニックの診断書でしたが、医者の診断書がどれほどいい加減なものであるか、よく分かりました。



たぶん、その医者は「だって家庭内ストレスが酷かったって本人が言ったんだもん。病気の治療のためにステロイドを長期服用しているなんて一言も聞いてないもん。WHOの診断基準?ああ~そんなのがあったかもしれませんね~。確かに、適応障害に関するWHOの診断基準とは全然かけ離れちゃってますけど、でも、私は患者を診察した精神科医としてそう診断しました。だから、これでいーのだ。」と開き直ると思いますが、開き直ったところで、診断が間違っていたことには変わりありません。



お金を取って、間違った書類を作って、訂正することもしない。



診断書とは、しょせんその程度のものだということを知っておくことは、決して損なことではないと思います。



診断書に限らずとも、何軒も病院をハシゴして、どこも異常なしと言われ続けたけれど、最後の最後に「あなたはこういう病気です」と言われた、なんてことはよくある話しですが、病気を見抜けずに「異常なし」と誤診した医者が謝ったとか、診療報酬を返しに来たとか、そういう話しも一切聞いたことがありません。



かく言う私も、急性虫垂炎を「神経性胃炎」と診断され、結果的に腹膜炎に至って大腸の半分を失いました。



精神鑑定の結果が、鑑定する精神科の医者によってマチマチであることも珍しくないようで、刑事裁判でも精神科の医者によって判断能力の有無について結果が分かれたなんていうことを聞いたことがあると思います。



「診断書」である以上、「とりあえず全治2週間」と書くのは止めて、「レントゲン写真ではこのように見え、血液検査の結果からはこういうデータが出ているので、全治2週間」といったものに改めるべきだと考えます。



そうでないと医学は科学ではなくなってしまいます。
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